007:指先 -2-


 村の中央には広場があった。
 そのさらに中央に、一段高く作られた舞台がある。
 色とりどりの布で飾られたその舞台では、折りしも寸劇が終わったところであった。
 村人達は皆、次の出し物に期待して歓声を上げている。

 舞台上の片づけが終わると、とうとう4人の出番になった。

 村人に混じって舞台の最前列にいたゾロは、あんぐりと口をあけた。


 そこにいたのは、凶悪な賞金首集団《麦わら》の一味ではなかった。



 いつもの旅人の服装とは似ても似つかない、華やかで趣向の凝らされた衣装。袖口 はゆったりと広く、腰を幅広の帯で留めてある。それに、様々な模様の描かれた、美し い生地。異国情緒に溢れた、東方の民族衣装であった。まるでヒラヒラと舞う蝶のよう だ、とゾロは思った。意外だったのは、いつもはだらしないくらい軽装なルフィさえ、鮮や かな朱色のそれをきっちりと着こなしていることだった。とはいえやはり多少着崩れて おり、それが返ってルフィには似合っていた。
 それよりも、驚くべきはサンジだった。
 サンジは、濃い紫に染め抜いた生地に、銀糸で描いた1羽の鳥の舞う衣装を身にま とっていた。
 金の髪がより鮮やかに映える。
 今、「あれは女の人なんだよ」と言われたら、ゾロは全く疑いもせず信じていただろう。
 微笑をたたえて舞台後方にひっそりとたたずむサンジは、ゾロの知っているサンジと はまるで別人であった。

 ――何をする気だ?

 舞台前方では、濃紺の衣装に鮮やかな橙色の帯をつけたナミが何やらルフィに指示 を出していた。男性のものと少し違った作りの衣装で、大きく胸元があいて健康的な色 気をかもしだしている。
 ウソップが見当たらない、そう思ったゾロが視線をめぐらすと、折りしもウソップが舞台 そでから登場するところだった。
 抹茶色の衣装に、小豆色の帯というかなり地味目の出で立ちのウソップは、舞台中 央に立つとまるで指揮者のように観客に向かって一礼した。
 観客である村人達が、しだいに静かになっていく。
 ゾロの予想に反し、ウソップは何も言わなかった。
 くるりと背を向けると、4人でゆるい弧を描くように舞台上に立つ。
 そして、全員が一斉に左手をかかげた。
 銀の腕輪がかがり火を反射して光る。

「remeti instrumento!」

 ナミの朗々とした呪文が響くと、4つの腕輪が一斉に輝いた。 
 …ゾロにとってはまったく予想外の出来事であった。
 光が収束し、それぞれの手に、形をとって現れたのは。

「が…楽器…?」

 そこにいるのは、各々が得意の楽器を構えた、楽団だった。
 サンジが歌い手だということは知っていたが、よもや他の3人が楽器を演奏できようと は。特にルフィなど、楽器とは対極にいるような男だと思っていたのに。
 しかも、その楽器の担当というのがまた、ゾロの想像を遥かに越えていた。

 ナミがかまえているのは、《トェラドニ》と呼ばれる打楽器だった。ドラームだけでなく、 シヴァルも備えた本物のトェラドニである。叩くのは素手であり、なおかつ相当な体力と 腕力を必要とするため、普通は男性が演奏する楽器であった。
 しかしナミはそんなトェラドニをどっかりと据え、自分も胡座をかいてその楽器の前に 座した。

 その隣に座ったウソップはというと、やたらにたくさんの楽器を並べていた。一目見て 鈴と分かるものから、婉曲させた二枚の板をあわせた単純な楽器、箱にたくさん金属 の細い板が取り付けられた、どう演奏するのか見当も付かないような妙な楽器など、と にかくかなりの数の楽器がある。
 しかもどうやら、それを全て演奏できるらしく、ウォーミングアップ代わりか、箱にたくさ ん穴の空いた笛のようなものを軽く鳴らしている。

 そして、普通、トェラドニを叩くべき人物として真っ先に名が挙がるはずのルフィは、恐 ろしい事に弦楽器を――それも2つもかまえていた。
 一つは、手で直接弦をかきならす《シディレ》だった。これはそれほど珍しいものでは ない…素人でも、それらしく弾けるようになるまで大して時間はかかるまい。しかし、も うひとつ――無造作に地面に置かれたものは違う。リュートに良く似た、しかし明らか に形の違うそれを、ゾロは一度だけ酒場で見かけたことがあった。確かとんでもない値 段のする一級品…《ヴィオレーテ》だったはずだ。弾くのに弓を使い、音階調節は弦を 直接指で抑えるため、繊細な指使いが必要とされる楽器である。素人には音を出す事 さえできない。
 どうやら本当にそれを弾くらしいルフィは、もっともらしい顔で調弦など行なっている。

 そして、当然歌うのだろうと想っていたサンジは。
 銀色に光る、細長い横笛を手にしていた。
 これは《フィオート》と呼ばれるもので、木管楽器の部類に入る。楽器にいくつもあけら れた穴には、予め小さな蓋がついており、全ての穴が閉じた状態になっている。これ を、10本の指で複雑に塞ぎ、また開くことで、情緒豊かなメロディを奏でることの出来る 楽器であった。組み合わせが多岐に渡る事と、奏者の肺活量によって音の雰囲気が まるで変わってしまうため、ヴィオレーテと並んで玄人向けの楽器とされている。歌い 手たるサンジにとってはおあつらえ向きの楽器、と言えそうだった。ゾロは子守唄を思 い返して、楽器なんぞ演奏せずに、歌えばいいのに…と心中で呟いた。
 サンジはその感触を確かめるように、白く細い指をしきりに曲げ伸ばししている。

 その癖を見て、ゾロはまた少女を思い出した。
 幼馴染の彼女も、あれを演奏する前によく指を曲げ伸ばししていた。

 ナミがぐるりと周囲の3人を見回すと、ウソップは首を縦に振り、ルフィはいつもの笑 みを浮かべ、サンジは目をハートにした。
 ナミはトェラドニに向き直ると、大きく深呼吸し、左腕を高々と上げた。

再生できませんでした
「農村の踊り」By VaLSe様
OLD WOODS HUT URL:http://valse.fromc.com/
プレーヤーの再生ボタンをクリックすると再生されます。

 信じられない。
 ゾロは呆然とその演奏を聴いていた。
 村人達は、音楽に合わせて踊っている。皆笑顔で、心から音楽を楽しんでいるよう だ。
 しかし、ゾロだけは、演奏する4人から目が離せなかった。
 ひらめく指先から流れ出すのは、明るく楽しい豊かな音楽。奏者はそれを聴く者と同 じ、いやそれ以上に音楽を楽しんでいた。
 次から次へと器用に楽器を取り替え、演奏していくウソップ。小さな楽器から大きな 楽器まで、くるくると舞うように演奏を続ける。
 トェラドニを叩くナミは、うっすらと汗をかいていた。彼女の叩くドラームが作るリズムが 崩れてしまえば、演奏全体が崩れてしまう。大役であった。
 ルフィは踊っていた。楽器を見事に弾きこなしながら、である。まるで楽器自身が踊っ ているようにすら見えた。けれども楽器の扱いは驚くほど丁寧であった。
 そしてサンジは、一番端の目立たぬ場所から、美しい旋律を響かせていた。一音も 乱れることなく、それでいて翼が生えているかのように自由に。
 4人とも笑顔だった。時折視線を交し合っては、互いの調子を確認する。
 特に、主旋律を奏でるルフィとサンジはしばしば目を合わせ、完璧なタイミングで交互 に入れ替わった。

 ――楽しい。
 ――心地よい。
 

 ――うらやましい。
 



 ――俺も




 ゾロは、ぞくりとした。
 言い知れぬ高揚感に、思わず体を抱き締める。
 ――俺も、なんだ?

 そんなゾロの様子に気付いたのか、サンジがゾロを見た。
 口元が微かに動く。

「テメェも、やりてぇか?」

 気付けば、4人ともゾロを見ていた。ある者は挑発するように、ある者は満開の笑顔 で。

 音楽が、言葉より雄弁に語りかける。
 ――お前も加われ。
 ――お前の音を響かせろ。
 ――存在の全てで奏でてみせろ。
 ゾロは我知らず1歩踏み出していた。

 引っ張られる。

 引きずられる。

 そして、それは不快ではなかった。



 気付けばサンジに、ルフィにウソップにナミに手を引かれていた。
 そうして舞台に引っ張り上げられる。


「好きな楽器はあるか?」
 問われて思い返す。

 少女が好きだった、そして自分も誘われて奏でたことのある唯一の楽器の名を。

「《シジマ》なら」

「シジマ…か」
 ――お前らしいよ。
 サンジは笑むと左手をかざした。
「remeti instrumento!」
 ゾロは光に手を伸ばした。
 それは暖かかった。
 触れているうちに形が定まり、懐かしいその楽器が静かにその姿を現した。
 シジマ…「静寂」の名を持つこの楽器は、ルフィが奏でるヴィオレーテと演奏法は良く 似ている。弦を弓で弾くタイプだ。しかし形状は大きく異なっていた。ヴィオレーテが、本 体を肩に乗せて顎で挟んで固定するのに対し、シジマは胴の部分を下にし、座して組 んだ足に乗せて固定する。調弦も完璧のそれを、ゾロはそっと掴んだ。
 確かな重みと、微かな温もり。
「この曲のままでいけるか?」
 問われて思い出した。
 自分は演奏などできない。
 ましてや数十年ぶりの楽器だ。音すら出せるかどうか怪しい。
「ま、待て、俺は」
 今さら真っ青になって、ゾロは楽器とサンジを交互に見た。
「大丈夫大丈夫、次のルフィのパート、代わりにテメェでやってみな」
 何が大丈夫なものか、そう怒鳴ろうとした所でサンジは演奏を再開した。
 澱みなく音は流れていく。
 ――俺は何をしている?
 ゾロは後悔していた。


 演奏に感動した。

「思わずブルッちまうぐれぇイイもん見せてやる」

 サンジが言ったとおりだった。
 しかし、それで何故こんなことになる?
 見ると、ルフィとウソップが妙に楽しげだ。ナミは目を細めてゾロを見ている。
 あの時の眼だ。
 仲間とは認めない、そう言った時の。
 ――まさか。
 仕組まれていた!?
 魔法か何かだったのか!? あの演奏は!


 時既に遅し。
 サンジが見ている。
 村人達が見ている。
 今ここで自分がやらなければ、演奏は。

 ゾロは勢い良く腰を下ろすと、即座にシジマを構えた。

「やる前から諦めんな」

 耳元で囁かれる。


 ――誰が諦めるか。
 ゾロは深く息を吸い、弓を弦に当てた。


+Back+    +Novel Top+    +Next+

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル