5月8日



PM 9:48 -Nami-




 冷たい風、熱い体。

 さっきまで続いていた話が急に途切れて、沈黙が降り積もる。
 風は静かで、ルフィも静かだ。

 繋いだ手だけ、熱くって。




 カレーは。
 美味しかった。とても。
 私が素直に美味しいと誉めると、ルフィは笑った。




 夜の無人駅は、とても静か。
 虫が鳴き始めるまで、まだもう少し季節が早い。
 通る人もなく、車の行き来もほとんどない。
 帰りの電車を、2人、待つ。




 実は、泊まらないかと誘われたけど、断った。




 だって。
 ちょっと早すぎよね。
 そう簡単に、一線超えさせないわよ。
 そりゃ、家で2人きりにはなったけど。
 まだ、その…そういうのはちょっと早いと思ったし。




 私、初めてだし。




 そういえばルフィはどうなんだろ。
 彼女がいたって話は聞いたことないから、つまり、その。


 …っていうか、いざ付き合うことになった途端、こういうこと考えちゃうのってどうなの。
 明日ビビに聞いてみようかな。




 あ、そうだ、カレーのこと考えよう。
 カレーはとっても美味しかった。
 チョコにキャラメル、赤ワインにニンニク、ショウガ、バナナ、ルーにコンソメ、その他諸々で作られたカレーは、素材が絶妙に溶け合っていて、これまで 食べたどのカレーより美味しかった。
 でも、ルフィに「他の料理も作れるの?」と聞いたら、「卵焼き!」という答えが返ってきたのだった。
 カレーだけはルフィ任せにしよう。
 それにしても、チョコやキャラメルを入れたカレーがあんなに美味しいなんて知らなかった。ただ甘くなるかと思いきや、量の加減さえ工夫すれば、カ レールーと相まって深い味わいを作り出すなんて。
 今度私もこっそり練習してみよう。そしてルフィを驚かせよう。

 2人してお腹一杯になるまで食べた。
 なのに、食べ終わってしばらくしたらスナック菓子食べてるんだもんねぇ、私達。
 食べすぎもいいところだ。
 美味しかったけど。




「ナミ、もう電車来るぞ」
「あ、う、うん」
 ルフィの手をパッと離して立ち上がり、線路の向こうに目をやる。
 遠く遠く、光が近づいてくる。
 隣でルフィが立ち上がった。
「じゃ、気ぃつけてな」
「うん。駅前だし、大丈夫」
「分かんないぞ、玄関開けたらぐわーって!」
「ないない、うちオートロックだもん」
「油断は禁物!」
「ルフィの家が厳重すぎんのよ」
 電車がもう来るって言うのに、なんだかしょうもない話になった。
 それはそれでいいかな、なんて思う。
 メロメロ?













 メロメロ。













 線路を伝って音だけが先に到着する。
 眩しい光の電車がすぐに後を追ってくる。
「ちゃんと気をつけるから…」
 ぽん、と頭に手を置かれた。
 私より少し背の高いルフィ。
 おとこのひと。



 降ってくる、キス。



「また、明日」



 電車の扉が開く。
 車内に足を踏み入れて振り返れば、そこにはいつも通りのルフィ。



「また明日」



 言葉はふわりと風に乗り、ルフィの髪を撫でた。



 閉じる扉、ゆっくりと動き出す電車。
 また明日、また明日。

 ねえルフィ。
 そんなに手を振らないでよ、恥ずかしいでしょ。
 私が電車に弱いの知ってるくせに。

 そっと手を振り返す。
 ルフィに見えたかどうかは、分からない。






 今日という日は、あっという間に昨日になっちゃうけど。
 また明日会おうね。








 ルフィのキスは、ちょっとだけ、カレーの匂いがした。




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